繊細さに秘められた情熱を奏でるジャズピアニスト「ビル・エヴァンス」を解説

「繊細さに秘められた情熱を奏でるジャズピアニスト「ビル・エヴァンス」を解説」のアイキャッチ画像

ジャズピアノ界の巨匠であり、後世のジャズピアニストに多大な影響を与えた人物「ビル・エヴァンス」。

代表曲『Waltz For Debby』はモダンジャズ史上屈指の人気を誇り、その音色はまるで子守唄のように優しく、ロマンティックで静かな夜に誘うような美しい音色は永遠に感動を呼び起こすよう。

にもかかわらず当の本人は薬物依存でぶっ飛んでたり巨匠らしく良くも悪くもメッチャワガママで多くの人を傷つけてたりと、ピアノを深く静かに演奏するクールな雰囲気とぜんっぜん違うその人柄にも興味津々。

タバコふかしながらピアノ奏でてるところが傾奇者だなーと思っていたら、そんな感想甘ったる過ぎるくらい問題抱えまくりの人物だったよう。たしかに神経質そうな見た目ではありますがそこまでの人物とは。

美しい音色と相反するような人間性にも注目しつつモダンジャズのピアノ演奏に革命をもたらしたナイスガイの紹介をしていきましょう。

ビル・エヴァンスとは?

本名ウィリアム・ジョン・エヴァンスは1929年8月16日に、アメリカはニュージャージー州プレインフィールドで生まれました。

白人でありながら黒人ジャズミュージック界隈でモダン・ジャズを代表するピアニストとして今日でも名が知られており、そのルーツはフランスの印象主義音楽に代表されるクロード・ドビュッシーや管楽器の魔術師と称されたフランスの作曲家モーリス・ラヴェルなど、クラシック音楽から影響を受けた和音が特徴的なピアノスタイルです。美しい旋律、感慨深くゆっくりと感情が発露するような叙情的な演奏は落ち着いた時間を優雅に彩り、夜の静けさに身を委ねたくなることでしょう。

クールで知的な見た目も相まって、男女ともに人気も高い人物。(なのに内面がぶっ壊れ気味というギャップに個人的には惹かれますが。なぜその静かな雰囲気とピアノ演奏しながら苛烈な部分があるのか。素敵ですね!)

彼の演奏は後のピアニストに大きく影響を与えており、モダン・ジャズの帝王といわれるマイルス・デイビスなどにも影響を与えたジャズを語る上で重要な人物。

元々ジャズは黒人音楽にルーツがありながらも、白人でありクラシックが下地にあるという思いっきりブラックルーツから切り離されてホワイト全開の存在というのも注目に値するポイント。

1950年代から1970年代まで世界的に活躍した名ピアニストがどんな人物だったのか、音楽のキャリアはどんな変遷なのか、そのへんを触れながら人生を辿っていきましょう。

が、その前に。

触れておかなくてはならないのが彼の散りっぷりについて、です。

「時間をかけた自殺」と形容された人生

どうしてこうも優れた音楽家にとって死が身近なものなのかと驚く一方であり、優れた作品を生み出す人物とは作家であれ画家であれ音楽家であれ想像を絶する苦悩を感じる強烈な感受性と絶望的な脆弱性に苛まれることを意味するのでしょうか。

ギャング文化が下地になっていてぶっ殺し合うことがスタンダードになっているヒップホップ界なら分かりつつも、攻撃的なサウンドの裏側にスーパー繊細な心を宿しているロックミュージシャンの死と同様に、ジャズピアニストの巨匠の人生はドキュメンタリー映画においてヒヤッとするような表現をされました。

「その生涯は、時間をかけた自殺」

もういいんだよ死にまつわる話はよおウンザリだわって気にもなりますが、どうしてもこう歴史に名を刻み音楽史にモロ影響を与える人物は死がすぐそこにあるような生き方なのか。

死を意識することは自身の潜在能力を上げる手っ取り早い方法(火事場の馬鹿力がいい例)ですがそういう話ではないのがツッコミどころです。

静かなる佇まいと演奏に秘められた彼の内側のほとばしるエナジーは一体なんなのか。

人生を追うことで音楽性だけでなく、人間性も紐解いていければ。

(にしてもマジで死ぬの当たり前みたいなの辞めてほしいわホント)

クラシック音楽に親しんだ幼少期

幼少期の影響というのはデカイもので、父親が音楽好きだったおかげでエヴァンスは音楽の教養の幼い頃から育まれました。

エヴァンスには兄もいますが、兄弟ともども音楽の英才教育を受け、ロシアの作曲家であるセルゲイ・ラフマニノフやイーゴリ・ストラヴィンスキのクラシック音楽に親しんですくすくと感性を磨いていきます。

そしてやはり兄弟揃って、10代の頃にはジャズに興味を持ち始めます。父親の影響発進とはいえ、幼少期から興味関心の対象がクラシックとジャズってこれまた素敵なセンスを抱いているのがもうすでにという感じですね。

ちなみにエヴァンスは音楽の視聴のみならず演奏の英才教育もばっちり受けています。6歳からピアノに触れており、さらにピアノだけでなくヴァイオリンやフルートの演奏を学んでいます。エリート。

このように楽器が思いっきりクラシック界隈の楽器で、クラシックが下地にあるというのがよくわかります。

確かな演奏スキルと音楽感性を引っ提げて10代からジャズに興味を抱きつつ、彼は1950年にアメリカの音楽大学に入学します。そこでさらに楽器演奏や音楽理論を学び、挙句にアマチュアミュージシャンとして音楽活動も活発に行います。音楽漬けでしこたま充実した学生生活を送り、学生時代にはプロになってからも演奏する曲を作曲していたりと、まあ音楽人として磨かれ倒した実りのある時間を送ったようですね。

しかし、大学卒業後に彼を待っていたのは華やかなプリミュージシャンとしての華々しいデビューではなく、アメリカ陸軍の招集による兵役でした。急展開過ぎる。

一生付き合うことになる悪習

この強制的な兵役は素敵ミュージックライフを送っていたエヴァンスにとって当然不快で苦痛極まりなく、このときの名残でキャリア的にも精神的にも傷になる悪いものと出会ってしまいます。

麻薬です。兵役中に麻薬に手をつけたエヴァンスは、その後の人生において密接にお薬と付き合っていくことになります。

(上品かつ優雅な生活を送っていた彼にとっていきなり筋肉な世界にぶち込まれたことでメンタル的に「やってられるか!」という思いが募ったのでしょうか。大学時代のキャリアを買われて陸軍バンドで活動することもできたようですが、そんなんで解消されるかよって心境だった感が。)

ちなみに軍務的には1948年に成立した朝鮮民族同士の国際的な喧嘩、つまり朝鮮戦争に向けたものでしたが、当時は戦争の前線に向かうような状況でもなかったため、危うい任務を任されたということでもなかったようです。そこは救いっちゃあ救いですね。徴兵の生活自体がやってられなかったんでしょうが。

本格的な音楽活動の開始

ダル過ぎる兵役を終えたエヴァンスは、やっとこさ水を得た魚のように自分のステージで活動を始めます。

当時のジャズムーブメントの華やかな中心地、ニューヨークです。彼は新しいジャズピアニストとして評価されただけでなく、伝統的なジャズの演奏にも長けており、どちらの点でも評価されていきました。

何気にすごいことですね。新しいジャズとして評価されているのに古典的な演奏家としても優れているというのは。それは彼が前衛的なジャズだけではなく、下地にジャズの歴史に対するリスペクトと学びがあったからこそでしょう。

そもそもがクラシックという歴史的な音楽が下地にありますしね。彼のドキュメンタリー映画タイム・リメンバードでは「ショパンに匹敵する」と言われているくらいです。

モダン・ジャズの帝王の心を掴んだピアノ演奏

そんな彼はモダン・ジャズの巨匠と呼ばれる人物マイルス・デイビスのバンドに推薦され参加するに至ります。マイルス・デイビスとはトランペット奏者であり、モード・ジャズを生み出した人物でもあります。

マイルス・デイビス以前はビバップという、指定されたコード進行に沿った演奏がルールとなっていたジャズミュージックでしたが、自身の表現した演奏がビバップでは叶わなかったため、独自のメロディを奏でることを発明したのです。

エヴァンスはクラシック仕込みの独自の美しく繊細な演奏はジャズ界の注目の的になるだけでなく、モード・ジャズの生みの親の心まで掴んだのです。

その入れ込みようは、バンドの音自体をエヴァンスのピアノの演奏に合わせて変えるほどだったので、エヴァンスの影響力の強さがいかに半端ないかが伺えます。

独特な性質に対する逆風

しかし、ジャズ界の巨匠のこの気に入りっぷりはバンドの他のメンバーの嫉妬を買うことに。くわえてエヴァンスは白人だったため、黒人音楽モロなジャズ音楽を奏でる彼は差別を受けます。黒人の中で白人が差別を受けるという状況に陥ったのです。

彼のクラシックからインスピレーションを得た繊細な美しさも他メンバーからは評判が悪く、弱々しいといった印象にもうつりました。どこからどこまで悪く捉えようとする節も垣間見えますが、とにかく醜い周囲の同調圧力と低俗な感情がエヴァンスを苦しめたのは事実。

美しく繊細な音色と同様に線の細いメンタルの持ち主のエヴァンスは、黒人たちの差別にボキッとやられて、巨匠のバンドから1年で去ることに。

が、です。巨匠は他の質の低い精神の持ち主であるメンバーとはわけがちがいます。

マイルズ・デイビスはそんなくだらないことでエヴァンスを手放すわけはなく、再び彼と音楽をともに作るため呼び戻したのです。

その結果、ジャズ史に残るモードジャズの傑作『Kind of Blue』が完成したのです。

モードジャズらしいアドリブを活かしたアルバムを目指していたマイルス・デイビスにとって、エヴァンスの発想は必要不可欠でした。そのため、『Kind of Blue』ではエヴァンスは企画の中心を担っていたほど。

クレジット自体はマイルス名義でしたが、エヴァンスの影響力は大きかったのです。

モードジャズ以前はハードバップと呼ばれる情熱的な即興演奏が特徴のモダンジャズが主流でしたが、このアルバムによって新しいジャズ演奏といえるモードジャズはさらに発展することになります。

ジャズのセオリーをぶっ壊した斬新な演奏スタイルの確立

マイルス・デイビスとのバンドを離れたエヴァンスは、ある画期的な演奏スタイルを生み出します。

それがピアノトリオです。

ピアノトリオとは、ピアノだけでなくベースとドラムもアドリブ演奏をするスタイルのことをいいます。

なぜこれが画期的なのかというと、旧来のジャズ演奏スタイルはあくまでピアノが主役であり、ベースとドラムはリズムを生み出す引き立て役としての存在が当然でした。

ロックバンドでもドラムとベースはリズム隊と言われてバンドの根幹を担う重要な存在ですが、根幹を担うものであり主役はギターやボーカルになりがちなように、ジャズでのリズム隊としてドラムとベースはピアノの影に隠れる存在だったというわけです。

しかし、エヴァンスはこの旧式をぶっ壊して、テーマとなるコード進行をピアノとドラムとベースの3つの即興演奏によって展開するという独特なスタイルを確立したのです。ピアノトリオ自体は以前からあったものですが、そのスタイルをエヴァンスは一新して新たなピアノトリオを確立しました。

黒人からジャズらしくないだの白人だのっつって差別されたエヴァンスだからこそ、斬新なアイデアを生み出すことができたのかもしれません。旧来の格式に凝り固まった人からすれば異物と捉えられる人は、逆に言えば次世代の主人公となりうる可能性を常に秘めています。

笑うものは常に傍観者でありモブキャラであり、笑われる者がいつだって物語の主人公。

(とはいえ、エヴァンスがマイルス・デイビスのバンドで差別的な扱いを受けたのは、エヴァンス自身がバンドでリーダーとして活動したがったり、あとは兵役時代に悪しき慣習となったドラッグ問題もあったようで、一概にデイヴィスが100パーの被害者かどうかと言われると怪しいですが。あれこれと人間性に問題もあった人物ではあるようですし)

まあ、とにかくエヴァンスは、ドラマーのポール・モチアンとベーシストのスコット・ラファロとともに、ポートレイト・イン・ジャズなど名アルバムを生み出しました。

メンバーとの出会いと悲劇的な別れ

斬新なピアノトリオによって代表曲を生み出すエヴァンスでしたが、彼にとってメンバーとの出会いも欠かせません。

ベースのスコット・ラファエロは高音域のハイトーンによる積極的な遠巣によって斬新なベーススタイルを作り出し、ドラムのポール・モチアンもリズム隊としての役割だけに囚われることなく即興演奏でエヴァンスのピアノ演奏に引けを取らない存在感を示し、三者三様の独自のピアノトリオは新たな音楽の方向性を示していきました。

しかし、この優れた関係性には悲劇的な終末が待っています。ベースのラファロが交通事故によって他界したのです。

ジャズの歴史に名を残すワルツ・フォー・デビーなどの収録から11日後の衝撃的な訃報でした。享年わずか25歳、あまりに早過ぎる死。エヴァンスは当然の如くこの出来事に打ちひしがれ、しばらく演奏することもできなくなりました。

モダンジャズシーンにおいて重要な役割を担い、天才的なベース演奏を生み出し、彼の存在は後のベーシストに大きな影響を与えます。

ラファロとの共演時のエヴァンスはキャリアにおける絶頂期ともいえました。以後も演奏を再開し始めるエヴァンスですが、ラファロと共演したような演奏はできなくなりました。それほどラファロとのセッションは特別だったのです。

大きな存在を失ったエヴァンスの人生は、ここからさらに悲劇を幾度も味わうことになるのです。

ワルツ・フォー・デビイ

亡き天才ベーシストと作り出したワルツ・フォー・デビイは、ジャズの名曲として現在でも名高いだけでなく、特に日本では大きくヒットした楽曲としても有名です。

日本での売り上げは約累計50万枚、日本のユニバーサルミュージックが2014年に黄歓迎亭発売したジャズカタログでも当曲がトップセールスを記録しました。

このワルツ・フォー・デビイはタイトルからも察することができるように、デビイのための曲です。

このデビイってどなたやという話ですが、エヴァンスの姪っ子。当時2歳の幼き愛しき彼女にエヴァンスが捧げた曲は、幼い頃の彼女の記憶にもしっかり残っており、よく目の前で弾いてくれたと後年語っています。

ジャズ史に残る名曲を個人のために生み出されただけでも凄まじいのに、当の本人がそれを生演奏してもらってたのを覚えてるのもハンパないですね。

デビーのために生み出したこの楽曲はジャズシーンでも愛されており、多くのミュージシャンがカバー曲として奏でているほど。

ビル・エヴァンスらしい独特なピアノ演奏が堪能できる本作は静かな時間を優雅に味わいたいときにうってつけです。

アルバムのジャケットデザインも非常に美しく、黒と紫をメインに女性の横顔がおぼろけに浮かび上がる光景はシンプルながら奥深く、とりあえず壁に飾っておけば「オシャレですね」とまず言われるようなメリットも秘めています。

献身的に支えたエレインの存在と死

バンドのベーシストの死だけでなく、彼の周りには不幸がまだ押し寄せてきます。

ですが、この場合はエヴァンス自身にも原因があったと言わざるを得ないかもしれません。

エヴァンスには結婚はしていないものの夫人と見なされていたエレインという女性がいました。彼女はエヴァンスと長きに渡り同棲生活をしており、とても献身的な女性でした。

しかし、エヴァンスは婚約こそしていないものの、ほぼ妻と言える存在がいながら別の女性といい関係になります。

それが後に結婚して子供まで授かるれっきとした妻となる女性でしたが、エレインとしては浮気同然だったのです。エヴァンスは「他に好きな人ができた」ということでエレインに別れを告げますが、エレインは当然ショック。

ショックなだけなら立ち直ればいいんですが、エレインはそう簡単な方程式で答えを出せませんでした。
ニューヨークの地下鉄に自ら飛び込み、そのままあの世に直行。

10年以上同棲していたともいいますし、それが突然「ほかに好きな人ができた」で済まされたらショックの一言で済まされないのは当然ですが、にしても。

ただ、エレインは常習していたものがあるので、それも原因として考えられます。

麻薬です。

エレインはエヴァンス同様、日々の生活に麻薬が欠かせませんでした。つまりエヴァンスとは麻薬を共有する関係だったので、少し健康的なイメージからは離れるカップルです。

麻薬に常時頼ってる状態で、長年連れ添っていたほぼほぼ旦那のような相手から別れ話を切り出されたら、破滅的なゴールにまっすぐ向かってしまうのも無理ないのかもしれません。もちろん肯定する気はさらさらありませんが。

エヴァンス的にこのエレインの死は大変ショックだったのですが(ショックだったのかよ)、「Hi Lili,HiLo」というピアノソロ曲はエレインのためにつくった曲です。

そんな繊細な心持ち合わせてるなら彼女に別れ話切り出した時点で察しろよとも思いますが、結局エヴァンスは別の人と結婚して息子までこの世に誕生させているので、まあ、無理になにか言うのも野暮だと思います。

ちなみにこれ以降も彼はばっちり麻薬の常習者であり麻薬の中毒者であり続けます。彼の心身を蝕んでいくレベルで麻薬に溺れていく人生ですが、この生き様には将来の繊細さだけでなく、エレインの死は無関係ではないでしょう。

ピアニストと麻薬

とんでもないタイトルになりますが、それほど彼の人生と麻薬は密接な関係でした。
キャリアの後半では彼の演奏に荒さが目立ち始め、テンポの速い演奏とスローな演奏との差も激しかったりと、演奏スタイルというよりは情緒不安定っぷりが垣間見えるようになります。

これは演奏表現ではなく、常習していた麻薬にあったのです。ヘロインからコカインにお薬が変わったことが考えられますが、ドギツイのを常習していたあたり彼のメンタルの壊れっぷりが察することができます。

生活においても荒れていたため、結婚した妻や子供とも別居していたり、20歳以上離れたウェイトレスの女性と愛人関係になったりと、目に見えて私生活がめちゃくちゃにもなっていたのです。

内側に秘めた破壊的な衝動やら繊細で神経質すぎる性質が彼のピアノ演奏の美麗さに直結しているものの、人としては不安定極まりない精神性を宿していました。

麻薬に依存するというのは、けっして強い人間のすることではありませんから。

兄の死

彼が麻薬に依存し、生活が荒れる原因となったのは、脆弱性全開のメンタルだけではありません。エレインの投身自殺が心に深い傷を負わせただけでなく、もう一つの身内の死が彼を絶望の底に叩き落とします。
兄のハリー・エヴァンスまで自ら命を絶ったのです。

この死は謎に包まれており、プロのピアノ奏者でもあった兄は拳銃を使って自分自身に弾丸をぶっ放し、この世をさっています。

エヴァンスにとって兄の死も当然メンタルに悪影響を及ぼしまくり、晩年までの薬物との縁に深く関係することとなります。

彼はマイルス・デイビスと仕事をしていたときにもヘロイン漬けで金がカツカツであり、別の演奏では右手の神経にヘロインを直接打ち込むという奇天烈をかまして右手がまったく使えない状態で、なんと左手のみで演奏したこともありました。

そんな彼はアルバムジャケットなどで写真を使う時、口を堅く結んで開くことがありませんでした。
これはクールだからでも格好よく映るからでもなく、口を開いたら麻薬でボッロッボッロになった歯が露わになるからです。

亡き兄と対談したフィルム動画では、エヴァンスの悲惨な前歯が確認できます。

エヴァンスはキャリア前半はビッシリキメた髪型に黒縁メガネの清潔感あふれるスタイルがトレードマークでしたが、キャリア後半になると別人のようなルックスになります。

長髪にボーボーの髭という「誰だアンタ」と言いたくなるようなスーパーイメージチェンジを図ったのですが、これもイケてるオジ様スタイルを演出したからではなく、麻薬によってズタボロになった内臓の影響でむくみが激しくなり、その健康被害を髭で覆って隠そうとしたためです。

この頃には顔だけでなく指までパンパンに腫れ上がっており、ピアノの演奏が不可能に思えるほどの痛々しい異常っぷりだったほど。

そして多くの身内同様。彼自身もこの世を去ることになります。

直接的な死因は肝硬変と出血性潰瘍による失血性ショック死。この死を招いたのは、長期間にわたる薬物乱用はもちろんのこと、乱れた飲酒もでした。

幾度も体調不良に見舞われており、周囲が入院を勧めてもエヴァンスは治療を拒み続けたため、死を早めたのです。

まるで死にいくためにそうしていたように。

ピアノ奏者として

麻薬にまみれて生活自体が終わりに終わっており、メンタル的にもぶっ壊れまくっていて、さらには周囲に死が蔓延っていた彼の人生。

なかなかに暗い人生にも見えますが、演者としての彼は華やかであり、ピアノの演奏はピカイチ。さらにツッコミどころ満載ですが女性関係も大変多彩だったモテっぷりと、ジャズピアニストとしての彼はやはりいろんな意味で一流でした。

彼のピアニストとしてのキャリアで重要なのは、彼がピアノの演奏スタイルを生涯大きく変えなかったことです。

たとえばマイルス・デイビスは、ジミ・ヘンドリックスなどのロックミュージックの要素をジャズに持ち込むなど変革を加えていきました。

それに対して、一時的にエレクトリック・ピアノを演奏したこともありますが、そこからオーソドックスなピアノの演奏に戻っていき、基本的にはずっとピアノによる演奏を突き詰めていったことになります。

エヴァンスはマイルス・デイビスのように様々な表現の開拓をするというよりは、ピアノという楽器を極める根っからのピアニストだったのです。

生涯を通じてジャズピアニストとしての表現を貫いたエヴァンスは、体調不良で朦朧としている姿があまりにもいたいたしかったため周囲が止めに入っているにもかかわらず、演奏を続行していたほどピアノの演奏を徹底していました。

その執念とも言える姿勢が数々の名曲を産んだと考えると、彼が常人離れした人間性を宿していたからこその存在だったといえるかもしれません。

荒廃した生活やズタボロのメンタルを抱えながらもピアニストとして生涯を貫いた彼もまた、特別なアーティストです。

軽く触れて仕舞えば一気に崩れ落ちてしまうような繊細すぎ心を持ちながら、ジャズピアノという表現でかろうじて命を保っていたと思えるほど、彼は生粋のジャズピアニストであり、唯一無二の奏者といえます。

繊細なだけでなく、感情を秘めた類稀なジャズピアノスト

「ジャズは人生の中心。最も重要なものだ」

そう公言する彼のジャズピアニストとしての生き様は本物であり、後年のジャズミュージシャンの多くにカバーされ、ジャズシーンで数々のスタンダードを作り上げた偉業は現在でも続いています。

人間的な難はありまくりだったようで、数多くの人を傷つけたという証言もドキュメンタリー映画で語られているなか、繊細すぎる心が生み出すクラシックを礎にした叙情的な演奏のなかでも、個性的といえる部分は叙情性といわれる部分。

この叙情的、叙情性とは一体なんなのかというと、切なさであったり感慨深さなどという言葉になります。が、言葉でなんとなくの意味を捉えても音楽性でそれを説明するのは正直難しいです。

なのでエヴァンスの叙情性を理解するには、彼の性格と人生とジャズに対する向き合い方を理解することにつながると思います。

あれこれ説明してきましたが、ものっすごい繊細さを備えている性格と性質というのがエヴァンスの叙情性には深く関わっています。

くわえて、クラシックを基にした美しい音色、そして生真面目でストイックな性格で感情表現豊かというわけではなく、静かな音色で美意識にあふれています。

ジャズミュージシャンといえば自由奔放で感情フル全開、ついでに私生活も欲望にまみれているからこそ情熱的な演奏になるというスタンスもけっこうあります。

それに対してエヴァンスは真逆をいくような性質であるがゆえに、繊細なピアノ演奏を可能としたといえます。麻薬中毒というのも俗な欲求からというよりは、繊細な自身の気質が原因で始めているといったところでしょうし。

しかしこの繊細ながらも機械のように無機質にならず、かといって感情的になって演奏が激しくなるわけでもなく非常にバランスが取れた演奏を可能とするのはジャズミュージシャンにとっても難しいこと。

感情的に過剰で派手に演奏しまくることも多いジャズミュージシャンのなか、その感情に任せっきりにならず万人に刺さるような美しいピアノ演奏を可能にするのは、エヴァンスが人並み以上に繊細だからこそ人々が感じないような機微にすら注視できる類稀な才能を持っていたからということだと思います。

繊細すぎるゆえに気難しかった人物ですが、繊細すぎるゆえに奏者としては才能豊かだったビル・エヴァンス。
一見すれ脆弱過ぎるとも思えるその性質をジャズピアノで表現し続けた彼は、今なお語り継がれ愛され続けるにふさわしいピアニストです。