ルールではなくソウルに従って生み出される情熱的な即興演奏。
ジャズ。
何気なく街中の喫茶店やカフェ、映画の中で流れていることで耳にしているという人も多いでしょう。
とはいえ好んで普段から聴いているという人も少ないのでは?
僕自身は好きなジャンルですが、大人っぽく少々取っ付きにくいイメージがあり主流でもないというのも事実。
それでも魅力的なジャンルなのでぜひともその歴史を紐解きたいという一心からのスタートです。
その背景には重く苦しい暗闇があるからこそ華やぐというのが文化でしょうか。暗さや陰りがなければまばゆく光ることなどできず、ゆえに価値あるカルチャーは育まれないといわんばかりのその歴史。
ルーツはなににあるのか、どういう発展を遂げたのか。情熱あふれるジャズ史を見ていきましょう!
そもそもジャズとは?
西アフリカの文化と音楽表現や、アフリカ系アメリカ人の音楽の伝統がルーツであり、複雑なコードや複雑なスケール(音階)、即興音楽などが特徴のブラックミュージック、いわゆる黒人発祥の音楽です。
ジャズ以前から在った音楽ジャンルであるブルースやラグタイムなどに強く影響を受けました。
ブルースとは20世紀初頭、アメリカで過酷な労働を強いられた黒人労働者の口ずさんだ音楽が始まりといわれています。
理不尽に働かされる怒りや苦悩、不満といった自らの感情を表現する手段として用いた労働歌です。ゆえに悲しみや憂鬱の感情を英語ではブルーでたとえるため、ブルースという名が浸透したのだとか。ブルースはギターを伴奏に用いた歌がメインであり、哀愁を帯びているのが特徴です。
それに対して、ラグタイムは、ピアニストたちが軽快なタッチで演奏する音楽。
人のダンスの伴奏音楽や、酒場で黒人が演奏したピアノ音楽が起源とされています。白人の客に受けのいいマーチなどの西洋音楽と、黒人独特のノリが加わってできたため、歓楽街などで演奏されて人気を博していたジャンルです。
ジャズの誕生
明確な起源は定かではありませんが、濃厚な定説はアメリカのルイジアナ州の港町、ニューオーリンズで1900年頃に誕生したとされるものです。
ニューオーリンズがなぜジャズの誕生の地といわれているか。そこには様々な人種が混ざり合う土地柄にありました。
ニューオーリンズの文化背景
ニューオーリンズは複雑な歴史背景があります。1718年にフランス人に開拓され、その後スペイン領になったりフランス領になったりした挙句、1803年にはアメリカ領になるとグラグラと領土権が変わり倒しました。
その結果、フランス人やらスペイン人、イギリス人、さらにはアフリカから連れてこられた黒人奴隷、あとはフランスなど欧州の女刑囚や売春婦など送り込まれる多種多様な人種が混合する土地となったのです。
こんな混沌とした場所なので、白人と黒人の混血が生まれるのも自然な流れでした。
そしてジャズの歴史とも非常に深い関わりをもつ「クレオール」と呼ばれる人々が誕生します。
黒人とスペイン・フランス系の白人との混血者であるクレオールは当初、白人と同等の扱いを受けていました。そのため、音楽教育など含めてヨーロッパスタイルの教養を得ることができる黒人が誕生します。
しかし1803年、ナポレオンがルイジアナをアメリカに売却したことで事態は大きく一変。アメリカの法と奴隷制が施行されたのちに、1861から1865の南北戦争を経て奴隷は解放されることに。このため、人種基準も北部の論理に従うことになりました。
その論理はこうです。「一滴でも黒人の血が混じっていれば黒人とみなす」。つまり、エリート黒人であったクレオールの階級は崩落し、ほかの黒人同様の差別的な立場に落ちたのです。
とはいえ、彼らは音楽の教養があったため、黒人ブラスバンドの教師やキャバレー演奏者として働き、ブラックミュージックと西洋音楽が自然に入り混じり溶け込むことと相成ったのです。
南北戦争がジャズ発展に関係している?
様々な人種が存在し、白人音楽と黒人音楽が混ざり合う歴史的背景とともに、もう一つ重要だったのが楽器の入手経路。それにはとある戦争が関係しています。
1861年4月、アメリカを二分する南北戦争が勃発しました。戦後、軍隊が所有していた軍楽隊の楽器が質屋などに払い下げられて、楽器を安く購入できたのです。これにより、トランペットや、サックス、ピアノ、ドラムが黒人に普及したといわれています。
黒人たちはこれら楽器を手に入れ、見よう見まねで演奏し始めました。そして行進曲をアレンジし、今のジャズに近いものを当時は演奏していたようです。
様々なものが混ざり合う土地で生まれたジャズの原型
ニューオーリンズはこのように様々なものが入り混じる環境でした。
先述した奴隷の労働歌、歓楽街で盛り上がりを見せたピアニストによる軽快なラグタイム、黒人による白人音楽の演奏、見様見真似で行進曲をアレンジし、西洋楽器を使ったマーチングバンドによる街頭演奏。
同時期に多様な音楽が発生したことで、強烈な化学反応を起こしたことがジャズの起源には欠かせません。
これら同時期に複数の音楽が生まれた背景には、けっして明るくない人種間の問題や戦争などがあります。しかしそれら複雑で重い下地があるからこそ、昇華された文化が育まれたということでもあります。
辛い経験があるからこそそれをバネにして優れたカルチャーが生まれるというのは、カルチャーがいかに含蓄のあるものなのか改めて窺い知ることができます。
禁酒社会とギャングがジャズを発展させた?
さて、ジャズの歴史はまだまだ始まったばかり。とはいえ、やはり歴史や環境がジャズの歴史を大きく動かしていくことになります。
ニューオーリンズからジャズは広がりを見せることに。というのも1917年、これまで貿易従事者や湾岸労働者を中心に親しまれていた夢の歓楽街ストーリーヴィルが第一次世界大戦の影響で閉鎖されることに。
酒に音楽に賭博に売春とステキが詰まった世界が終わってしまったことから、多くのミュージシャンが仕事にあぶれました。そして彼らは職を求めて北上してシカゴにたどりつき、そこからニューヨークに彼らの音楽は広がっていきます。
さらにジャズの成長を後押ししたのは、1920年に制定された禁酒法といわれています。1933年まで13年間続いた禁酒社会のなか、密かに酒を飲もうとする人々が現れるのも当然のこと。その代表格がマフィアです。彼らは密造酒を提供する違法酒場「スピークイージー」で密かに盛大に酒を楽しみました。
そしてジャズは、暗黒街のマフィアらによるスピーク・イージーで不可欠な音楽となったのです。酒を楽しむにはイケてる音楽が必須なのは当然ですからね。しかも密かに飲んでるんだから余計に盛り上げる音楽というのは必然だったのでしょう。
主流として生まれたスイング・ジャズ
1920年代からはジャズ文化の中心地となったニューヨーク。そして新たなジャズが主流となります。1920年代前半から1940年代前半にかけて主流だったジャズは「スイング」です。
スイング誕生の背景には、またもや暗い歴史の背景が。1929年に世界大恐慌が発生し、ニューヨークのウォール街が壊滅的な打撃を受けました。人々は絶望感の中、音楽に希望を見出します。そこでジャズに明るい未来を託されたというわけです。
この結果、生まれたのが陽気で自然と体が踊り出してしまうようなスイング。暗い背景があると明るいものを求めるってのは文化の流れってわけですね!
またこの頃にはソロ演奏が重要視されるようになります。
ソロを際立たせる手法の1つとして、小編成バンドの規模が拡大していき、15名以上の編成であるジャズ・オーケストラ、いわゆる「ビッグ・バンド」スタイルによるスイング・ジャズも誕生していくことに。
スイングの終焉が発生させたモダンジャズの起源
主流になれば衰退するってもんで、メインストリームを席巻していたスイングにジャズ業界初の倦怠期が訪れます。というのも1940年を過ぎると、ダンスと一体化していたジャズを毛嫌いするミュージシャンやリスナーが発生することに。どこでも鳴っててうざったり、流行り過ぎたってのもあるかもしれませんね。
さらにはまたもや暗い歴史を受けることに。第二次世界大戦の悪影響で景気が低迷し、ビッグバンドが衰退することに。
そこで生まれてくるのが、40年代以降から60年代後半まで広く総称する現代的なジャズ、つまりモダンジャズの起源といわれる新たなジャズです。
アレンジを追及した、スイングジャズとは異なる方向性を求めるミュージシャンによって、即興演奏であるアドリブを主体とした新しいスタイルが模索されていきました。
そこで誕生したのがビバップです。
ビバップの発展には白人主導の楽譜によるコマーシャルジャズに飽き飽きしていた黒人ミュージシャンによって、徴収なんてお構いなしに自分たちの思うようにプレイし、テクニックを極限まで極め、ありとあらゆる不満を発散するがごとく複雑な音楽を実験的に演奏したことも深く関わっているのだとか。
いずれにせよ、固定されていたものにウンザリしていた人々によって新しい主流が生み出されていった流れは興味深いです。流行は新たな流行を生み出すというのは通常の流れ。
こうして生まれたビバップは、いわゆるモダンジャズの基礎となり、その後の様々な変化系のジャズを生み出す母体となりました。
ビバップの派生系として生まれたハード・バップ
ビバップはミュージシャン同士の技量試しやスポーツ的な要素が特徴でもありました。つまり、ビバップは全体的にアドリブ合戦になりやすく、やや緊張感がありすぎたのです。要は疲れちゃうってことですね。
1950年代中頃、ビバップは激化したアドリブ演奏によって、より難解で本能的な音楽と化していました。
そんなビバップをさらに噛み砕き、感情や曲の起伏を鮮明にして単調さを排除してより分かりやすく発展させた音楽が、ニューヨークなど東海岸を中心に1950年代前半から流行します。
それがハード・バップです。
ハード・バップ はモダン・ジャズの一種。ニューヨークなどのアメリカ東海岸で、1950年代に始まり1960年代まで続いた演奏スタイル。
ハードバップは、メロディアスで聴きやすく、さらに演奏者の個性や情熱を表現することができたため、大衆性と芸術性の共存を可能にしました。
人はマンネリ化した音楽を目の当たりにすると、新たな音楽を渇望するようになります。音楽に限らずですが、メインストリームがあまりに盛り上がり過ぎると盛り下がるってのはどのジャンルどのカルチャーでも共通ですね。
再び即興演奏の流れを汲むジャズシーン
ハード・バップはビバップよりも聴きやすいとはいえ熱狂的な即興演奏を特徴としていました。つまりアドリブ性が強かったため、ハード・バップからは新たに現代音楽などに見られる音階、つまりメロディーラインを生かしたモード奏法への脱却を試みられるようになります。
個々のテクニックよりも楽器編成やアンサンブルを重視したクールジャズや、教会旋律のモードや一つの音階だけで音楽を作るモードジャズなど、モダンジャズは様々な音楽スタイルによってシーンを作っていきました。
さらにそこから、モードジャズに行き詰まりを感じ、既成概念を覆す形で前衛的なスタイルとなるフリージャズが誕生。これはリズムやハーモニー、調性にとらわれず、ひたすら自由に演奏するものだったため、以前の即興に通じる流れを再び汲むことに。
音楽ジャンルは違えど、クラシック史でも既存の方法から脱却し革新を求めた結果、前衛に行き着くという流れがロマン派からの脱却にも見られるため、新しいものが作られる一つのパターンにもなっていそうですね。
新境地となる電子音楽化するジャズ
1960年代までのジャズは、エレキギターやハモンドオルガン等の一部の楽器を除けば、アコースティック楽器が主体でした。
しかし1960年代末期、多くのエレクトリック楽器を導入してエレクトリック・ジャズ・アルバムをヒットさせたマイルス・デイヴィスを皮切りに、同作に参加した多くのミュージシャンが独立してエレクトリック楽器を導入したバンドを次々と結成することに。
60年代以降は新境地ともいえるジャズの電子化が進んでいきます。
フュージョン登場以降のジャズ史
70年代に入るとエレクトリック・ジャズは、クロスオーバーと呼ばれるスタイルに変容していきます。クロスオーバーとは名前が示すように、ジャンルの垣根を乗り越えて音楽性を融合させるスタイルのことです。
ジャズでは1970年代前半に流行した歴史があり、電気楽器や電子楽器を取り入れたジャズの演奏スタイルはジャズのこれまでにない可能性を広げました。
たとえばジャズに電子楽器やエイトビートのようなロックの要素を取り入れたフュージョンを演奏するようになったのが新たなジャズ史の1ページでしょう。
ジャズ史において1970年代はフュージョンの時代ともいえますが、その反面、フュージョンの台頭は伝統的なジャズの衰退をも意味するともいわれています。
先に述べたマイルス・デイヴィスはジャズの帝王とも称される人物で、彼が電気音楽を導入したことでジャズのフュージョン化が進みました。
しかし、これにより大きくジャズの形は様変わりすることとなり、ジャズが終わったとみなす人も少なからずいます。ジャズ史において賛否両論が飛び交い、クロスオーバーによって新たな広がりを見せたジャズは、本来の形を変え過ぎたということでしょう。なかにはこんなものはジャズではないという意見すらあったほどです。
伝統と新鮮を模索し続けるジャズ史
いろんな意味で革命を起こしたジャズ史におけるフュージョン。
そのため1980年からのはフュージョンから恒例の反発が発生し、伝統的なジャズの見直しの動きが広がったり、よりクロスオーバーの動きが加速してクラシックや民族音楽、ポップスなどとの融合も進んでいきます。
時代が経るにつれて、伝統的なジャズを復興する動きと、より新しいジャズの形を模索する動きが多様に活発となり、ジャズはひとくくりにできなくなるほど多様な音楽へと進化していくことに。
そのため1990年代のジャズは特定のスタイルが主流になるのではなく、多様化が進んでいった年代です。
フュージョンの後継とも言えるスムーズ・ジャズがその1つ。
ロックを伝統的なジャズの文脈で演奏したり、ロックミュージシャンによるジャズ・バージョンの演奏を行なわれました。
そして90年代に入ってからも前衛的なジャズや伝統的なジャズも継承され、ジャズは一つのスタイルが台頭するのではなく、様々なジャズが同時並行的に生まれて盛り上がりを見せていきます。
ルールではなくパッションから溢れ出る音楽スタイルのこれから
そして現在。
最新のヒップホップを牽引するアーティストがジャズを取り入れていたりと、いまのシーンにもなくてはならないし影響を与えまくっているジャズ。
新しい形で継承され、新しい要素として取り入れられ、現在のジャズというのは常に生まれています。
即興演奏が盛り上がりを見せ、若手ジャズミュージシャンがこれまでのように自由かつ情熱的な新たな才能を生み出してくれることでしょう。
元々のジャズがなんでもありな土壌で育まれたのですから、これからもよりなんでもありまくりな本来の形で、新たなジャズが全開になる土壌が再び用意された環境にあるのですから。